高岡志貴野ライオンズクラブの歴史各画像をクリック。注意:PDFファイル読み込みに時間が必要。
チャーターナイト 5周年 10周年 15周年 20周年 25周年
30周年 35周年 40周年 40周年記念事業B 40周年記念事業A 志貴野vo.29
2008
志貴野vo.30
2009
志貴野vol.31
2010
Takaoka Shikino Lions Club is Born In Our Hearts



表紙説明:1265年前の昔、奈良時代に万葉の歌人として有名な大伴家持が越中の国司に任ぜられて、国府伏木(高岡)に住まわれた時、郷土の山・川・海の自然や防人・農民・海人の生活を絵のように美しくうたいあげました。特に高岡のシンボルの二上山に心をひかれました。大伴家持の銅像は二上山に建立されています。志貴野は高岡の古名です。表紙は大伴家持の像と二上山と家持の歌です。

日本で最初のライオンズクラブは、 フィリピン、 マニラライオンズクラブのスポンサーで世界で35番目に東京ライオンズクラブが結成されたのが日本のライオンズクラブの始まりでした。

そして高岡ライオンズクラブ (以下LC) がスポンサーで高岡古城LCが、 そして高岡古城LCのスポンサーで高岡志貴野ライオンズクラブが全国1203番目、 富山県で15番目のクラブとして1967年昭和42年5月12日に会員49名で北陸銀行高岡支店で結成式を挙行して産声をあげました。 当時の新聞には、 会員は指導的立場にある有力者、 実業家で結成されたと報じています。

その後、 1967年昭和42年10月1日にチャーターナイト (認証状伝達式) を富山県高岡市民会館で開催し、 晴れて国際協会の一員として加盟を認められたのです。

その時には高岡市内に全国から1000名以上がお祝いのために集まってくれました。 当時の新聞メディアは、 高岡の市内はライオンズクラブ誕生の祝賀一色となったと報じていました。 アトラクションは@君が代松竹梅 桐の木町芸妓連中 A民謡メドレー 可西舞踏研究所
Bやがい節 横田校下青年団 C餅つき獅子舞 大門町二口保存会ならびに青年団でチャーターナイトを盛り上がりました。


1972年高岡志貴野ライオンズクラブはこの時期に県内発展の核としての地域ライオンズクラブの結成に挺身しました。 高岡南ライオンズクラブの誕生をみました。
 全国1633番目 高岡地区4番目のクラブ

1988年次になり、 私共のクラブは初めてのガバナーを出す栄誉に輝きました。 島憲誠334-D地区ガバナーの出現となりました。 クラブあげてホストクラブとしての任務遂行に熱意を燃やしました。

2006年高岡古城ライオンズクラブ所属(伊勢豊彦ガバナー)指導のもと、高岡フラワーライオンズクラブ結成に高岡地区5クラブが設立に寄与いたしました。特に高岡志貴野ライオンズクラブ所属のL.鎌谷克彦・L.中條八一朗がガイディングライオンとして指導したことが高く評価されました。
高岡地区6番目 地区102番目 全国3637番目のクラブ 会員34名で結成されました。
 


高岡志貴野ライオンズクラブ 1967年度(初代)〜2011年度(第45代)歴代会長





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